交通事故の素因減額とは?判例や対処法を分かりやすく解説
監修福岡法律事務所 所長 弁護士 谷川 聖治弁護士法人ALG&Associates
この記事でわかること
交通事故の被害に遭われた方が請求できる慰謝料などの損害賠償金は、“素因減額”によって減らされてしまうことがあります。 素因減額は、示談交渉の中で相手方保険会社から主張されることが多いです。これをそのまま受け入れてしまうと、必要以上に賠償金が減額されてしまう可能性があるので注意しなければなりません。 本ページでは、損害賠償金が減額される要素のひとつである【交通事故の素因減額】について実際の裁判例を交えながら、わかりやすく解説していきます。 適切な損害賠償金の請求ができるように具体的な対処法もご紹介しますので、ぜひご参考ください。
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目次
素因減額とは
素因減額とは、被害者の方がもともと有していた事情(素因)が相まって、交通事故の損害が発生したあるいは拡大したと考えられる場合に、素因が寄与した部分について損害賠償金から差し引くことをいいます。 素因減額の割合には具体的な指標がなく、個別の事情が考慮されて減額割合が決められます。 素因減額はおおまかに、“心因的要因”と“体質的・身体的素因”(以下では、後者を「身体的素因」といいます。)の2種類にわけられます。
- 心因的要因:性格、社会適応能力、ストレス耐性、精神疾患の持病・既往症 など
- 身体的素因:身体的特徴、身体的疾患の持病・既往症 など
心因的要因による減額
“心因的要因”とは、被害者の方の心理的・精神的な要因を指します。 具体的には、性格、社会適応能力、ストレスの耐性、精神疾患の持病・既往症などをいいます。 被害者の方の心理的・精神的な要因が、損害の発生・拡大に影響していて、そのすべての損害賠償責任を加害者に負担させることが公平の理念に照らして相当でない場合に、素因減額されます。 もっとも、これらの要素は“被害者の個性”にとどまると評価されるケースもあるので、必ずしも素因減額されるとは限りません。
《心因的要因として素因減額を主張されやすいケース》
- 比較的軽い事故だったにもかかわらず治療が長期に及んでいる
- 自覚症状を裏付ける画像検査や神経学的検査などの他覚所見がないにもかかわらず治療が長期に及んでいる
- 傷病名から常識的に考えられる治療期間を著しく超えて治療している など
心因的要因による減額が認められた裁判例
心因的要因によって素因減額20%が認められた裁判例をご紹介します。
【岐阜地方裁判所 令和3年4月13日判決】
<事案の概要>
事故によって後遺障害が残ったのは、原告が慎重な性格で、安静期間が長くなったことによる、原告の主観的心因的要因によるものとして、素因減額が争点のひとつになりました。
<裁判所の判断>
- 原告の治療に対する慎重かつ消極的な姿勢が相当程度影響していることは否定しがたい。
- 原告が通常以上に慎重な性格であることは、繰り返し確認するという態度にも表れている。
これら原告の素因と事故のゲガの症状を鑑みて、裁判所は20%の素因減額が相当と判断しました。
心因的要因による減額に認められなかった裁判例
心因的要因による素因減額が否定された裁判例をご紹介します。
【東京地方裁判所 平成27年2月26日判決】
<事案の概要>
脳神経外科医である原告が事故によって右小指のしびれ等が生じたほか、うつ病が発症・増悪しました。裁判では、原告の既存障害や性格・気質が影響しているとして素因減額が争点のひとつとなりました。
<裁判所の判断>
- 比較的軽微な事故で、原告の傷害は軟部組織の損傷にとどまること
- 原告に抗不安薬の処方を継続的に受けていた時期があること
- 脳神経外科医である原告にとって、事故のケガが職業生活を左右しかねないこと
裁判所は、これら事実と、治療内容・症状の推移・症状固定までの期間・後遺症の程度を鑑みて、原告の性格・気質が影響したことは否定できないが、減額しなければ公平を失するともいえないとして、素因減額を否定しました。
身体的素因による減額
“身体的素因”とは、被害者の方の身体的な特徴や、身体的な疾患を指します。 具体的には、事故当時において定期的に治療を受けていた“持病”、これまでにかかった病気で事故当時は治癒していた“既往症”、やせ型・肥満・背が高い・首が長いなどの“特徴”が考慮されます。 なお、身体的特徴が“疾患”に当たらない場合には、特段の事情がない限り、身体的要因には当たらず、素因減額の対象にはならないとした判例があります。 そのため、被害者の方の疾患が損害の発生・拡大との因果関係が証明され、公平の見地から減額が相当な場合には素因減額される場合があります。
《身体的素因として素因減額が主張された事例のある既往症》
- 椎間板ヘルニア
- 変形性頚椎症
- 変形性腰椎症
- 骨棘(こつきょく)の形成
- 脊柱管狭窄症
- 後縦靭帯骨化症(こうじゅうじんたいこつかしょう) など
なお、これらの既往症がある場合でも当然に素因減額が認められるわけではありませんので、注意が必要です。
身体的素因による減額が認められた裁判例
身体的素因によって素因減額50%が認められた裁判例をご紹介します。
【京都地方裁判所 平成27年9月16日判決】
<事案の概要>
原告が事故で負ったケガについて、本件事故の約4年6ヶ月前に起こった原告の自損事故による傷病が素因となるかが争点のひとつになりました。
<裁判所の判断>
- わずか3年前に後遺症と診断された症状が、本件事故当時まったくなかったという原告の証言は不合理である
- 外力と競合して、神経症状を発生しやすくし、重篤化・難治化する素因があった
- 原告の主治医は、原告の素因のもと、本件事故という外力によって、神経組織が障害された可能性が高いとの所見を示した
これらの事実から、裁判所は過去の事故で発症した原告の素因が本件事故の損害に影響したとして、50%の素因減額を認めました。
身体的素因による減額が否定された裁判例
身体的素因による素因減額が否定された裁判例をご紹介します。
【仙台地方裁判所 平成27年3月19日判決】
<事案の概要>
原告の症状は加齢性(事故当時54歳)によるものとして、事故と症状との相当因果関係をめぐり、身体的要因による素因減額が争点のひとつとなりました。
<裁判所の判断>
- 原告に事故以前からの治療歴がなかったこと
- 軽微な事故ではあるが、予期せぬ接触によって不意の外力が加わったこと
- 通常の加齢性変化を超えた疾患とは認められないこと
これらの事実から裁判所は減額すべき素因があるとは認められないと判断しました。
素因減額が主張されやすいケース
素因減額を主張されやすいケースには、以下のようなものがあります。
被害者に既往症があるケース
例えば、事故で首のむちうちを受傷した被害者に椎間板ヘルニアの既往症があった場合には、1~3割程度の素因減額が認められる場合があります。
比較的軽い事故で他覚的所見がないにもかかわらず、治療が長期に及んでいるケース
事故の程度が軽微で他覚的所見が認められないにもかかわらず治療が通常よりも長引いている場合には、被害者の素因が影響していると主張される可能性があります。
被害者が高齢であるケース
年齢を重ねると、軟骨がすり減ったりして椎間板ヘルニアなどを発症するリスクが高まります。 そのため、事故よる症状ではなく加齢性の症状であるなどとして、素因減額を主張される可能性があります。
素因減額の主張・立証責任は誰がもつのか?
素因減額の主張・立証責任は加害者側にあります。 なぜなら、素因減額が認められると加害者側の支払う損害賠償金が減るので、加害者側が利益を得ることになるからです。 被害者側は、加害者側の主張に対して素因減額の根拠を確認し、証拠をもとに「素因減額の対象にならないこと」を反証していくことになります。
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交通事故で素因減額が主張されたときの対処法
加害者側保険会社との交渉で素因減額が主張された場合、そのまま受け入れてしまうと必要以上に損害賠償額が減らされてしまうおそれがあります。 そこで、被害者側が取るべき対処法を次の3つのステップに分けて、次項より詳しく解説していきます。
● ステップ1:素因減額の主張内容を確認する
● ステップ2:素因減額自体を否定し、反論する
● ステップ3:素因減額割合を減らす交渉をする
素因減額の主張内容を確認する
加害者側から素因減額の主張を受けたら、まずは内容を確認して根拠を明確にしましょう。
《確認すべき内容》
- 主張された素因がどのようなものか
- 事故前はどのような状態だったか
- 事故後の症状、治療方法・経過について
- 素因の有無により、治療方法が変わり得たか など
こうした加害者側からの主張内容が「医学的かつ法律的にきちんと立証されているか」を見極めることが重要です。 医師や弁護士に相談し、意見を求めることもおすすめです。
裁判所の判断要素と照らし合わせてみましょう
素因減額について明確な基準はありませんが、裁判所で争うことになった際には次のような点が考慮されていると考えられます。そのため、次の点と加害者側の主張と照らし合わせて、素因減額が妥当なのかを判断することになります。
《裁判所の判断要素》
- 交通事故の態様、車両の損傷具合
- 既往症の有無や内容・程度
- 事故の大きさに見合った治療期間かどうか
- 通院の態度、事故前後のストレス耐性の有無や変化 など
素因減額自体を否定し、反論する
加害者側による素因減額の主張が不当なものであれば素因減額自体を否定しましょう。 素因減額を否定するためには、次のような証拠を集めて医学的根拠に基づいた反論を行うことが重要です。 被害者の方がご自身で適切な証拠を集めるのは大変なので、早めに弁護士に相談することがおすすめです。
《素因減額を否定するために有用な証拠》
- レントゲンやMRIといった画像検査や神経学的検査の結果
- 通院記録やカルテ、診断書
- 医師が作成した意見書 など
素因減額割合を減らす交渉をする
素因減額自体を否定できなかった場合でも諦めずに減額の割合を減らす交渉を行うべきでしょう。 「素因減額によってどの程度減額すべきか?」について明確な基準はないため、被害者の方がご自身で適切な割合を主張した方がよいでしょう。 しかし、加害者側の保険会社は過去の裁判例や顧問医の見解などに基づく素因減額率を主張してくることがあるため、ご自身で適切な素因減額率を判断することは難しいことが多いでしょう。 そのため、素因減額率を減らす交渉は弁護士に任せることがおすすめです。 弁護士であれば、過去の裁判例や、交通事故と素因の関係など、専門的な知識と経験から根拠に基づいた交渉が可能です。
素因減額以外で賠償金が減額されるケース
交通事故の損害賠償金が減額される要素は“素因減額”のほかに、“過失相殺”があります。 過失相殺とは、交通事故の責任(過失)が被害者側にもある場合に、その責任の割合(過失割合)に応じて損害賠償金を差し引くというものです。 交通事故の過失相殺について以下ページで詳しく解説していますので、ぜひご参考ください。
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素因減額に加えて過失相殺もある場合の計算方法
素因減額と過失相殺の両方がある場合、基本的には先に素因減額を行ってから過失相殺を行うのが実務上では一般的な計算方法です。 次項では、素因減額と過失割合の両方があるケースの計算方法を具体的に紹介します。
【例】損害金額300万円、素因減額3割、過失割合2割の場合
事故の損害金額は本来300万円のところ、素因減額が3割認められ、さらに2割の過失相殺がなされるケースです。例外的な事例ではないので、素因減額を行ってから過失相殺分を計算することになります。
①素因減額:300万円×0.7=210万円
②過失相殺:210万円×0.8=168万円
結果として、被害者が受け取れる損害賠償金は168万円となり、本来の損害金額から132万円減額されることになります。
弁護士の介入で保険会社が主張してきた3割の素因減額を完全に否定できた事例
弁護士が訴訟にて反論した結果、30%の素因減額を完全に否定できた解決事例をご紹介します。
<概要>
ご依頼者様は追突事故に遭われ、約6ヶ月間の通院治療の後、症状が改善せずに頚椎除圧固定術を受けるまでに至りました。
<経緯>
相手方の代理人弁護士より、手術を受ける事態になったのはご依頼者様の身体に本件事故前からあった疾患による影響が大きいとして30%の素因減額を主張されました。 ご依頼者様は相手方の代理人弁護士の見解に納得できず、当法人にご相談いただきました。
<弁護士の対応>
訴訟にて、当法人の弁護士は、相手方の主張や提示された保険会社の顧問医が作成した意見書に対して「経年による頚部の変化が通常レベルを超える加齢変化、ひいては素因減額の根拠に足りる疾患と認められるか」が不明確であると反論を行ないました。
<結果>
裁判所は素因減額を認めない心証を開示するに至り、素因減額を完全に否定した内容で和解が成立しました。
交通事故に強い弁護士にご相談ください
交通事故の示談交渉において素因減額が主張された場合に素因減額を否定・反論するためには医療と法律に関する専門的な知識が必要になります。また、保険会社は交渉のプロです。 そのため、被害者の方がご自身で全ての交渉に対応することは難しいでしょう。 被害にあったにもかかわらず後悔しないために、おひとりで抱え込まず、まずは弁護士に相談することをおすすめします。 交通事故に精通した弁護士であれば、法的知識だけでなく医学的知識を兼ね揃えていて、これまで培ってきた知識と経験を基に、素因減額の問題等に対応することができます。 保険会社等から素因減額を主張されたら、適切な損害賠償金を受け取るためにも、一度弁護士法人ALGにご相談ください。
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