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パニック障害は後遺障害になるのか

弁護士法人ALG 福岡法律事務所 所長 弁護士 谷川 聖治

監修福岡法律事務所 所長 弁護士 谷川 聖治弁護士法人ALG&Associates

交通事故が原因で発症したパニック障害は、後遺障害として認められるのでしょうか?
パニック障害は、被害者の環境や性格などの問題とされやすく、身体的な外傷がないことも重なり、交通事故との因果関係が疑われる傾向にあります。だからといって泣き寝入りしてしまうのは本望ではなく、適正な賠償を受けたいところです。
ここでは、交通事故によるパニック障害と後遺障害等級認定について解説していきますので、ぜひ参考になさってください。

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パニック障害とは?

パニック障害とは、強い苦痛、不安、恐怖等とともに動悸や発汗、窒息感が突然生じ、短時間で治まるパニック発作を繰り返す不安障害の一つです。検査をしても、身体的な異常が見当たらないのが通常です。 パニック障害は、脳等の身体組織が直接的に損傷していないにもかかわらず起こる、精神的な障害である非器質性精神障害であり、高次脳機能障害のように、脳等の身体組織が直接的に損傷したために起こる、精神的な障害である器質性精神障害とは区別されます。 パニック障害が疑われる場合は、似た症状が現れる病気があるため、精神科や心療内科といった専門の病院を受診し、パニック障害であるか否か診断を受けると良いでしょう。パニック障害と診断された場合には、発作を繰り返さないよう適切な治療を受けることが大切です。

心療内科や精神科で治療を受ける

非器質性の疾患であるパニック障害を治すには、非器質性精神障害の治療を専門とする心療内科や精神科で治療を受ける必要があります。 治療としては、主に脳内神経伝達物質のノルアドレナリンとセロトニンのバランスを改善する薬物療法(SSRI、抗不安薬、三環系抗うつ薬等の投与)が行われるほか、認知行動療法や自律訓練法、暴露療法といった心理療法が行われます。

交通事故によるパニック障害の症状

パニック障害の初期症状としては、強い不安感情が生まれる等の精神症状と呼吸困難の発症といった身体症状が同時に起こる、「パニック発作」がみられます。そして、パニック発作が繰り返される中で、発作に対する恐怖感がどんどん増していきます。
その結果、パニック発作の他にも、「予期不安」「広場恐怖」といった、症状が生じる場合があります。
パニック障害においては「パニック発作」だけではなく、「予期不安」「広場恐怖」の3つが主たる症状となります。

パニック発作

パニック発作は、パニック障害の中でも初期段階でみられやすい症状です。
具体的な症状は、強烈な苦痛や不安感、恐怖感といった精神症状が、身体症状とともに湧き上がってくるものです。
パニック発作の診断基準は2つ存在し、どちらかが用いられることが多いですが、内容はほぼ共通しています。

パニック発作の診断基準

DSM-IV-TR ICD-10
以下の項目のうち4つ以上が突然現れ、10分以内に症状がピークに達する。 以下の項目のうち4つ以上が現れ、そのうち1つは①~④のいずれかである。
①動悸 同じ
②発汗 同じ
③震え 同じ
④息切れ感、息苦しさ 同じ
⑤窒息感 同じ
⑥胸部の不快感・痛み 同じ
⑦腹部の不快感、吐き気 同じ
⑧めまい、ふらつき、気が遠くなる感じ 同じ
⑨現実感の喪失、自分が自分でない感覚 同じ
⑩自制心を失う(気が狂う)ことに対する恐怖 同じ
⑪死への恐怖 同じ
⑫異常感覚(感覚麻痺、うずき感) 同じ
⑬寒気、ほてり 同じ
⑭口の渇き

予期不安

予期不安とは、パニック発作を経験した方に発現する症状です。主に、パニック発作を繰り返し起こすうちに、「次はいつパニック発作が現れるのだろう」と常に気にかかる等、発作そのものに対して大きな恐怖感や不安感を抱えるようになる症状です。
また、死ぬかもしれない、病気になるのではないかといった感情や、発作を起こしている姿を他人に見られる、人に迷惑をかけてしまうといった、発作から派生する恐怖感や不安感も、予期不安に含まれます。

広場恐怖

広場恐怖とは、逃げ場がない状況や助けが求められない場所でパニック発作を起こすことを不安に思い、人の多い場所や、過去に発作を起こした場所を避ける行動をとるようになるものです。 広場恐怖は外出恐怖ともいわれ、電車やバスに乗ったり、美容院や歯医者へ行ったり、会議に参加すること等を避けるようになるため、外出や通勤ができず、生活に支障が出てしまいます。また、逆に一人で家にいることができなくなる場合もあります。

パニック障害で認定される可能性のある後遺障害等級と慰謝料

パニック障害で認定される可能性のある後遺障害等級は、9級10号、12級相当及び14級相当です。 後遺障害として認定されるためには、交通事故との因果関係があり、(ア)に列挙する精神症状のうち1つ以上の発症と、(イ)に列挙する能力に関する判断項目の1つ以上の能力の欠如や低下といった障害が認められることが必要です。

(ア)精神症状

①抑うつ状態
気分の落ち込みや憂鬱な感情が持続する状態
②不安を抱えている状態
病気にかかっているのではないかといった恐怖や強迫観念など、漠然とした不安を抱えている状態
③意欲低下の状態
身の周りでの出来事に関心がなくなる、また積極的に活動することがなくなるといった状態
④慢性化した幻覚・妄想性の状態
現実には起こっていないにもかかわらず、悪口や悪い噂が自分に向けられていると思い込む幻覚や、一般的・常識的には誤った内容を過剰に信じ込む妄想といった症状が慢性化している状態
⑤記憶・知的能力の障害
自身の名前や成長過程を聞かれても返答できないといった記憶障害や、自身の年齢などを聞かれても的外れな回答をするといった知的障害がみられる状態
⑥その他の障害
衝動性の障害や不定愁訴といった障害がみられる状態

(イ)能力に関する判断項目

①身辺日常生活
例えば、良好な衛生状態を維持するための入浴や着衣の交換など、規則正しい身辺日常生活を送ること
②仕事・生活に積極性・関心を持つこと
働くこと自体や職場環境、世間で起きている出来事や事件など、自分が関わる仕事や日常的な生活に興味・関心を持つこと
③通勤・勤務時間の遵守
日々の通勤・勤務において、決められた時間に従って行動すること
④普通に作業を持続すること
会社内のルールを守り、また集中力をもって業務に取り組むなど、普通程度に作業を持続すること
⑤職場における他人との意思伝達
職場において、例えば、他人に向けた発言やコミュニケーションをとること
⑥職場における対人関係・協調性
職場において、他人との共同作業や他人と協力した行動をとること
⑦職場における身辺の安全保持、危機の回避
職場において、自分の身に危険が及んだとき、身を守るための適切な行動をとること
⑧職場における困難・失敗への対応
職場において、例えば、経験したことのない仕事やストレスに直面したとき、適切に対処をすること

以上の項目などについて、能力喪失の程度や助言及び援助の必要性の程度を考慮したうえで、以下のように後遺障害の等級が判断されていきます。

等級 認定基準 等級判断基準
9級 通常の労務に服することはできるが、非器質性精神障害のため、就労可能な職種が相当な程度に制限されるもの (イ)の②~⑧のいずれか1つの能力が失われている場合や、(イ)能力に関する判断項目の4つ以上についてしばしば助言や援助が必要と判断される障害が残っているもの
12級 通常の労務に服することはできるが、非器質性精神障害のため、多少の障害を残すもの (イ)の各項目の4つ以上について、ときどき助言や援助が必要であると判断される障害が残っているもの
14級 通常の労務に服することはできるが非器質性精神障害のため、軽微な障害を残すもの (イ)の各項目の1つ以上について、ときどき助言・援助が必要と判断される障害が残っているもの

請求できる後遺障害慰謝料

3つの後遺障害等級の候補のうちいずれかに認定された場合、具体的にどれほどの慰謝料を得られるでしょうか?
以下の表では、各等級に応じた後遺障害慰謝料の規定金額を算定基準別に記載していますので、ご確認ください。

等級 自賠責基準 弁護士基準
9級10号 249万円 690万円
12級相当 94万円 290万円
14級相当 32万円 110万円

※自賠責基準は新基準を反映しています。令和2年4月1日より前に発生した事故の場合は、旧基準が適用されます。

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パニック障害の診断基準について

パニック障害を抱えているかどうかは、主に2つの国際的診断基準に従って診断されます。
2つの基準とは、米国精神医学会によって設けられた【DSM-Ⅳ-TR】と、WHOによって設けられた【ICD-10】であり、それぞれ共通点と相違点があります。
共通点は、発作の有無と繰り返しの発症が確認でき、さらに他の疾患や要因によるものではないことが明らかとなって初めて、パニック障害と診断するという点です。 一方、相違点は、例えばICD-10においては、発作後の予期不安といった発作から派生する症状を、パニック障害の判断要素として考慮していません。
他にも、広場恐怖はパニック障害から独立した疾患であるとみなしていること、発作の頻度に応じてパニック障害の重症度を分類していること等が挙げられます。
下表の診断基準内容をもとに、診察等を通してパニック障害といえるかどうか判断していくことになります。

パニック障害の診断基準

DSM-IV-TR ICD-10
以下の(1)~(3)を満たす 以下の(1)~(3)を満たす
(1)パニック発作を繰り返す (1)パニック発作を繰り返す
(2)発作後1ヶ月間以上、少なくとも次の1つを満たす
a.パニック発作に対する恐怖(予期不安)
b自制心を失うことに対する恐怖(破局的認知)
c著名な行動変化(例:退職)
(3)発作が他の疾患等の要因によるものでない
(2)次のすべてを満たす
a明確に区別される激しい恐怖・不安がある
b突発的に発作が始まる
c数分のうちに症状がピークとなり、少なくとも数分間は持続する
(3)発作が他の疾患等の要因によるものでない

パニック障害の後遺障害等級認定の現状

交通事故によるパニック障害は、後遺障害等級認定を獲得するのが難しいといわれているのが現状です。
その理由としては、パニック障害が脳組織や脊髄等の身体組織に損傷のない、非器質性の精神障害であることが挙げられます。
高次脳機能障害といった器質性の精神障害に比べて交通事故との因果関係を証明すること自体が難しいのです。
また、因果関係の認定の際には、発症時期やパニック障害の症状の程度、他の要因の有無等が総合的に判断されます。
そのため、職場や家庭環境、本人の性格等が影響して発症する可能性もあることから、交通事故との因果関係が疑われやすいといった点も影響します。
加えて、他の要因や本人の性格等がパニック障害の発症に影響したといえる場合には、“素因減額”といって、損害賠償金を減額されてしまうおそれもあります。

パニック障害の後遺障害等級認定のアドバイス

パニック障害のような非器質性精神障害の認定のポイントは、
①因果関係の存在の証明
②障害の程度
の2点です。

①因果関係の存在の証明についてですが、交通事故を契機に精神症状が出現したことを証明できることが大切です。
その際には、
・事故状況
・受傷内容
・精神症状の出現時期
・精神科等の専門医への受診時期
(事故による受傷後10日以内程度に受診し、事故直後から精神症状が一貫して現れていることが診断所の記載上明らかになっていると望ましいとされます)

上記の項目を重視して因果関係について判断されるということを念頭に置いて、証拠集めをすることが重要です。 ②障害の程度についてですが、残存する後遺症の程度という意味です。残存する後遺症がどの程度のものであるかについては、就労の有無、就労への意欲、日常生活上の動作でどれだけのことができるか報告等によって判断されます。特に日常生活上の動作について、具体的かつ詳しい報告を用意することが後遺障害の等級認定を申請する際に重要です。

パニック障害になってしまったらご相談ください

交通事故によってパニック障害になってしまった場合、後遺障害等級認定を受けるのは非常に難しいことをご説明しました。後遺障害等級認定を受ける可能性を高くするために、弁護士への相談をおすすめいたします。 後遺障害の等級認定には、医学的知識のみならず、後遺障害等級認定申請の知識、経験が必要といえます。後遺障害等級認定申請の経験があり、医療問題にも詳しい弁護士に相談し、後遺障害等級認定で重要視される後遺障害診断書の書き方から治療の受け方まで助言を受けることで、適切な等級認定を受ける可能性を高くすることができます。 パニック障害は非器質性の精神障害ですから、交通事故に遭われてから早期の受診や具体的な症状の把握が重要といえます。 適切な後遺障害の認定を受け、適正な賠償を受けるためにも、後遺障害等級認定申請の経験があり、医療問題に強い弁護士が集まる弁護士法人ALGにご相談、ご依頼ください。

パニック障害が認められた裁判例

【京都地方裁判所 平成22年8月12日判決】

<事案の概要>

被告の車が後ろに下がったときに、後方に止まっていた原告の車に被告車が衝突しました。
原告は本件事故によりパニック障害が再発したとして、パニック障害に関しても損害賠償請求をしたという事案です。
裁判では、交通事故とパニック障害の再発との因果関係が争われました。
裁判所は、本件事故によりパニック障害が再発したことは否定し後遺障害として認めることはできないとしつつも、原告の現在の症状が本件事故に起因するものとして、後遺障害14級に相当する労働能力喪失率5%を認め、逸失利益を認定したという判断をした特殊な事例です。

<裁判所の判断>

裁判所は、本件事故によりパニック障害を発症したという原告の主張に対し、原告は本件事故以前にパニック障害を発症しており、それが本件事故後も継続していたものであるとし、本件事故に起因してパニック障害を発症または再発したということはできないと判断しました。 もっとも、本件事故後にみられた不安の強まりや症状の増悪が本件事故による影響であることは間違いないという主治医の意見があることから、本件事故を契機としてパニック障害が増悪したという限度で、本件事故との相当因果関係を認めるのが相当であると評価しました。 そして、原告には、予期不安や突発的な不安感等により1人での長時間の外出や留守番が困難である等のパニック障害が残存していること、本件事故前と比較して日常生活に制限が生じていること、その後の通院状況や診断書の内容からすれば既往症であるパニック障害が増悪した結果が現在も継続しており、数年間は改善しないものと推認されることから、パニック障害の症状の残存について、一定程度本件事故に起因するものと認定しました。 しかし、本件事故による増悪と認められる症状の残存の程度は判然とせず、年齢的な問題や生活上のストレス、本件紛争が解決に至らないストレス等が関係するという主治医の指摘や、既往症としてのパニック障害の進行を考慮すると、残存した増悪症状のすべてを本件事故に起因する後遺障害と認めることはできないと判断しました。 以上の事情をまとめて、原告には、後遺障害ではないものの、少なくとも労働能力を5%喪失する程度の障害が生じたと認定しました。

この裁判例は、パニック障害が既往症として存在する場合に、本件事故による後遺障害とまではいえなくても、本件事故によって憎悪した範囲を損害(逸失利益)として認定したもの です。

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